ひまわりと飛行機
「医療の受け手である患者さん、その家族、消費者などが扱う『情報』って??」・・・。そんなことを主なテーマに綴っていきます。その他、色々活用する予定です。


プロフィール

yoko

Author:yoko
看護師免許取得後、都内で大学院生をやっております。現在、修士論文執筆真っ最中です。

自分の専門分野のキーワードは、「(医療の受け手が使う)健康・医療情報」「より良い意思決定」「コミュニケーション」「インターネット」「看護」といったところです。
現在執筆中の修士論文は、患者さん同士のオンラインコミュニティに着目しました。その利用実態と意義の一端を明らかにすることを目指して、目下執筆中です。

そしてこの先は、Consumer Health Informatics(消費者のための健康情報学)を、深めていきたいと思っています。同時に、「医療の消費者(患者や家族等)の、より良い意思決定のために看護師が行う情報支援」について、考えられるようになりたいと思っています。

消費者健康情報学のことや看護支援、研究のことなどなど、このブログを活用し、色々発信しながら自分も勉強していきたいと思っています。2008.10.31更新



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転院
…というのかどうかは分りませんが、
今日から病院を変えました。

三叉神経痛は相変わらずおさまらず、
食事も取れず、体力も衰えるし、気力も萎えるし
という状態が続いてしまっていて…、
しかも治療の見通しが立たないので、
八方塞がりなのです(>_<)

で、古くからの主治医の提案で、
やっかいな痛み(=難治性疼痛)に対する
トータルケアを行っている病院に
ホーム(…っていうのかな?)を移すことにしました。


というわけで、今日は新しい病院の初受診。

何が良かったって、臨床心理士の人に
1時間半近くも話を聞いてもらえたことは大きな進歩でした。

考えてみたら15の時に発症してからのことについて、
身体的な症状については
再三色々な医療者に話を聞いてもらっていますが、
家族とのことや学生生活を含めた日常のことについて、
まとまった時間をとって医療者に話を聞いてもらう機会は
それほど多くなかったように思います。

あと、「痛み」が自分にとって何なのか、
「治療法がない(かもしれない)こと」をどう思っているか、
などなど。
今日はかなりじっくり、話を聞いてもらいました。

臨床心理士さんは若い方(おそらく同世代)で、
最初は「こんな同い年くらいの初対面の人に、
洗いざらい色々話せるもんか??」と思ったのですが、
話していくうちに、楽になる自分を実感してしまいました。^^

話すことで気持ちの整理をすることってあるんですね。

こうなると、
利用できるものは上手に利用していければと思います。
カウンセリングでも、東洋医学(鍼灸や漢方)でも、
今の状況が少しでも楽になるなら、色々試すべし…かな。

カウンセリング後、
ドクターから安定剤と眠剤を処方されて、
今日の受診はひとまず終了。
 
痛みそのものに対しては
やっぱり最終的には外科的なアプローチになりそうですが、
その前に気持ちの整理と心の準備をすべく、
色々試してみようと思います。


あと、今日わりと元気でいられてるのは
受診前、学部の同期がわざわざ病院の近くまで
会いにきてくれたことが大きいのです。

午前中から休日のナースを呼び出してしまいました。

ごめんね。でもありがとーーー。。。
また呼び出すので、その時はよろしくです。^^


今日は本当にたくさん話を聞いてもらった日でした。

そうそう、上手に周囲を巻き込んでいきましょう。
もういい恰好だけではいられないですからね。^^

「何もできなくてごめん」と色んな方に言われますが、
そんなことはないです。
いてくれるだけでいいし、話を聞いてくれるだけでいい。
誰にも当たらないで、愚痴をこぼさないで、なんていう生活は
理想でしたが今はもう無理なので、
上手に皆さんに甘えていこうと思います。

というわけで、皆様よろしくお願いします。



「社会的に」良好であること


突然ですが、健康の定義とは、
1948年のWHO定義によると…、
「身体的、社会的、精神的に完全に良好な状態であって、
単に疾病がないとか、虚弱でないということではない。」
ヘルスプロモーション用語集
となっています。

これを読んでくださっている医療者の方々には
おなじみのワンフレーズかと思います。


で、改めて今考えてみて、
「なるほど」と思ってしまったこと、ひとつ。

今、何がつらいって、
モルヒネでも取れない顔の痛みも
口から食事が取れないことも
修論提出を見送ったことも
全部ひとつひとつがしんどいんですが、
それと同じくらい(むしろそれ以上?)に、
「社会的な役割」や「つながり」が
なくなってしまうような不安も、
とても今の自分にとってはしんどいのだな〜ということ。

人の役に立てることとか、
人に気にかけてもらえることとかが、
こんなに大事だって、
きっと自分は普段あまり意識していません。

今までだって長期的に学校休んだりしても
別に社会から忘れ去られることもなく、全く問題なく…
むしろ心配されていて、
それが無性に有難かったことは学習済みです。 

でもやっぱり、今の状況で、社会において、
(したくても)何もすることがないとか
家族や医療者以外の人とのつながりがないとか
病院への受診以外に予定が全くないとかいうことは、
やっぱりしんどい原因となるのだな、と感じます。

表題:「社会的に」良好であるという
健康の定義(の一部)は、
社会とのつながりがあるとか、役割があるとか
そういうことなのだろうな〜と、
”自分の経験のみ”からで、ぼんやり、そう思いました。

(今は「健康」の定義やその他諸々について、
おさらいする気力はありません^^;ので、あくまで
自分の経験のみからの見解…)

今までの、何となく忙しい毎日の中では
「時間が欲しい」が口癖になったりして
なかなか社会的なつながりや役割の重要性を
認識できなかったな、と思います。

よく言う、失って感じる大切さ、ですかね。


で、ついでにもういっこ、今感じること。

こういう時に
「じゃあ、体調の許す範囲で何か面白くて役立ちそうなことを
一緒に考えましょうか。」とか、
「体調がいい時だけでいいから、仕事手伝ってくれる?」とか、
ぜ〜〜んぶの事情を知った上で、
声をかけてくれる人がいることの有難さ。

一つ目は、院の先生から。
二つ目は、母校の先生から…の、言葉。

色々な方から、社会的な役割とかつながりを
与えてもらいました…。


こういう言葉を、
さりげな〜くかけられる人になりたいですね。^^感謝。
お言葉に甘えて、出来ることを探します♪
手伝いもさせていただきやす…。




友人からの手紙


類は友を呼ぶ・・なのかもしれませんが、
私の周囲には、手書きの手紙好きが数名いてくれます。

その中の一人から、
先日「官製はがきに縦書きで拇印つき」という
同い年には珍しく古風な(失敬、風流な)、
郵便を頂戴しました。

高校のときから良き理解者である彼女は
今回のことについて葉書に、
「もっと泣いてもいいし、叫んでもよし
ご飯食べたいと、喚いてもよし」とだけ書いて
送ってくれました。。。

何とも泣けましたよ。

ありがとうね。


本当に泣いて喚くかどうかは別としても、
いざという時に夜中でも電話をして話を聞いてくれるとか、
場合によっては面と向かって泣かせてくれるような
友人がいてくれるのは、本当に感謝です。。。

心強い。

そう、「ソーシャルサポート」は、
「実際サポートを得られるかどうか」よりも、
「サポートを得たいと思った時に得られるという確信が
どのくらいあるか」が大事なのだとか。
(何の、誰の理論だっけ。
ソーシャルサポート理論、勉強しなおしたいですね。^^;)

他にも、
メールをくれたり、コメントくれたり、
同じく郵便で素敵なクリスマスカードに
『何もできなくてごめん』と書いてくれる友人がいること。。。

ほんとにありがとう。
みんながいるから頑張れるとはこのことで。
感謝です♪
待ってておくれ。


[Impressive Things] 松本清張:「黒い樹海」


先日の検査入院の時に、病院の売店で買いました。
どうせ暇な入院だろうと高をくくって
入院中に読んでしまうつもりだったのですが、
さすがにモルヒネを落としながらは読めませんでした。
なので、今日再度手に取った次第です。



病院の売店にある小説は限られているように思います。

松本清張を筆頭に、赤川次郎とか、宮部みゆきとか、
田辺聖子とか。
当たり障りがなくて、サクッと読める、推理小説。
あと推理小説以外なら、
池波正太郎とか司馬遼太郎の時代もの系列。
もしくは「元気になる本」系の自己啓発もの。
(あ、これは小説じゃないか。)

確かに何も考えたくないとき、
この手の推理小説はとても時間つぶしに
適していると思います。

あまり小難しいことは考えず、
でも没頭できて、後腐れなく読めるものたち。。


この、松本清張の作品も、
(前回の検査入院の時は無理でしたが)
今の精神状態でもサクッと読めて、よろしいかと。

それにやはり松本清張の作品は
期待を裏切られないところがすごいと思います。
本物の巨匠ですね。

時代も一昔前で、そういう意味で現実感がないので、
今の私にはちょうどいいと思いました。
現実を思い返すような場面に出くわさないから
余計なことを考えなくていいんです。

携帯とか出てこないし、
(通話は全て固定電話、もしくは公衆電話です。)
タクシーも「ハイヤー」を連想させます。
パソコンもなし。
新聞記者が登場しますが、
ICレコーダーもなかっただろうと思われます。。

読み終わって、小説の内容とはまったく関係のないところで、
私は今の時代にいてよかったなとふと思ってしまいました。

当時(おそらく昭和40年代?)だったら、
こうやって、社会とつながりを持ちつつ
自宅で療養生活を送るのは
難しかったのではないかと思ったからです。

携帯もパソコンもなかったら、
皆様の生活を覗かせてもらいつつ、
自分も色々ご報告しつつの自宅療養は、
不可能に近いものね。


人は(少なくとも私は)こんな状態でも、
社会とつながっていたいと思うものなのだと、
改めて実感しているので、
今日こうやって社会とつながりつつ
治療生活を送れることを、これ幸いと思うのでした。


…でももちろん、本当に早く元気になって
皆様にお会いしたいのは、やまやまです。



[Impressive Things] 秋元 康「象の背中」


何で今こんな本を読むんだろう。。。と自問自答しつつ
手に取ってしまった文庫本です。



映画化されて話題になっているので、
ご存知の方は多いと思います。

映画では主人公の妻役を今井美樹が演じているのですが、
私は、原作を読む限りにおいて、
彼女のイメージと「美和子(役の名前)」は、
あまり重なりませんでした。

まあ、それはいいとして。。。


今、この本を手にしたのは、
特に「死」を考えたかったからではありません。

今まで考えたことがないわけではないですが、
特に今、自分自身の「死」を考えているわけではありません。
まだせねばならないことも、したいことも、
同時に、生かされる時間もたくさんあると思われるので。

でも、この本を読んで、
(これは小説だからそう描いてあるのは当然であるにせよ、)
現実でもこんな風に、「きちんと」最期を迎えられたら
人は幸せだろうなと思いました。

逆に言うと、きちんと最期を迎えることは
非常に非常に難しいのが現実だと思います。

自分の思い通りにだって、
家族の思い通りにだって、
なかなか最期は一筋縄にはいかないと思います。
もちろん、自分の思いと家族の思いが一致しないことも
多々あるように思いますし。。。

そんなことを、色々考えさせられた本でした。

あと、最後の、
児玉清さんと作者である秋元さんの対談は印象的でした。
対談というセッティングだからこういう話を
男同士でもするのでしょうが、
本来ならあまり聞かれないかもしれない
50を過ぎた男の「自分の死について」の考えは、
色々思うところがありました。

自分の父親は、上記ふたりのうちだったら
秋元さんに年齢が近いですが、
(あ、体型も近いですが、)
自分の死について、どう考えてんのかな〜〜と、
ちょっと想像してみたりしました。

ま、聞かないけどね。
聞いたって、話さないだろうし。
思い通りにさせてあげるとは約束できないし。



秋元さんが長編小説を書くのは
実は初めてだそうですが、
本当に言うかどうかは別として
ところどころに出てくる
50を過ぎた男のセリフは、何だか胸に響きました。



修論提出遅らせます


今期、修論提出を見送ることを、
昨日指導教員に伝えてきました。

一昨日は、学部時代からお世話になり続けている恩師に。

その前の日に、研究室の同期に。

それぞれ同じことを伝えてきました。

各人、反応はもちろん違います。

特に同期の仲間に伝えた時は
自分が感極まってしまい、涙。
それも、やっぱり、この仲間と一緒に書き上げることに、
ひとつ大きな意義があると思っていたからに他なりません。。。

同期の輩(笑)から、学ぶことは本当に大きかったし、
きっと今後も、修論提出間際まで
お互い慰めあい励ましあい、叱咤激励の嵐の中で
時を同じくするかと思えば、
彼女たちと一緒に過ごす時間は
きっと一生もののかけがえのない時間となることが
容易に想像がつくわけで。

。。。だから、悔しかったのです。
彼女たちと一緒に修了できないことが。

あとはもちろん、今回いろいろな形で
背中を押してくれた対象者や先輩や指導教員への
申し訳なさ。。。。ふう、やりきれない。。

。。。
と、思っておりました。

でも実際、きのう、指導教員に伝えてみたら、
まあ、それもありだと。
いい1年だと思いなさいと、言ってくれましたよ。

学部時代からお世話になっている師匠からは
遠まわしに「一年で統計を磨け」的なアドバイスも
あり(^^;)。


何ともホッとしました。

ありがたいと思いました。

そりゃ、長い人生1年くらいのブランクは
大したことないのだと思います。
これまでだって、同期の背中を見送ったことくらい
何度もあります。

でも今回はっ、、って
思っていたのですが、
実際、いろんな人に「大丈夫よ」と言ってもらえると、
大丈夫な気になってくるものですね。

本当に、ありがとうございました。

この一年、無駄にしないように、
自分なりに頑張りますよ。なんとかやります。

もちろん悔しいですから、
この悔しさ、忘れるもんかっ。って思いもありますし。

さまざまな形でサポートをしてくれる周囲の人たちに
改めて感謝でした。。。人には恵まれるよ。ほんと。


体調のほうはあまり芳しくなく、
もうほとんど経口ではモノが入りません。
点滴もおいしくありません。(当たり前)
変な話、20代後半でほかに疾患が全くない場合、
IVHだけでどのくらい生きながらえるのか。。。
どなたか、ご存じな方いらっしゃいますか?

自分で実験をするほど勇気はないので、
毎日少しずつでも食べようとは思います。特にアイスクリーム。
(ここぞとばかりにハーゲンダッツ(1カップ250円♪)の
アイスばかりを食べている今日この頃。)
高カロリーで、口当たりもよし。偉いね。

でもそれさえ一つを完食するのが
なかなか難しくなってきてしまいました。。。ひい。

体力が落ちると気力も落ちるしね。

剃ってしまった頭は寒いしね。(笑)

でも大丈夫。まだ笑えるし、一人じゃないし。
もう少し頑張ります。。。


そういえば、一昨日、学部時代の同期の
ナース姿にばったり会いました。
「お、やってるな」と思ったんだけど、
彼女が一言「見守ってるから。。。」と。

ありがとう。見守っててね。





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